「生きる芸術」− 盆栽愛好家の中では、しばしばそう語られる。
「盆」という本来底の浅い器を意味する言葉に「木」が植わっているという不思議。地面に力強く根を張る、その雄々しい姿。太い幹を指でそっと撫でると生命力に満ち満ちていることがわかる。重なることがないよう丁寧に整えられた無数の枝が、繊細な美しさを現している。盆器にそっと顔を近づけ、根・幹・枝をじっくり覗いてみる。子どものころ、大きな木の下で風にそよぐ樹葉を仰ぎ見た記憶が蘇ってくる。小さな入れ物の中に無限の世界を感じられる一瞬が確かに「盆栽」にはある。
世界初、公立の「盆栽美術館」誕生
盆栽の聖地として、国内外の愛好家から親しまれるここ大宮に、世界初となる公立の盆栽に特化した美術館が開設された。大宮が誇る名盆栽の数々が並べられており、中には樹齢1000年を超えるものも。伝統を受け継ぐ、世界でも類を見ない名品と呼ばれる盆栽が集結した美術館をひと目見ようと、世界中からから人が集まるのも頷ける。
では、一体どんな盆栽が展示されているのか。幾つか紹介しよう。
五葉松 銘 青龍
銘は青龍。水面にあらわれた巨龍が、体をくねらせながら水際を走り、天空に向けて首をもたげて昇ろうとする姿を造形化しているとのこと。何とも神秘的な木である。盆栽用語で、白く白骨化した幹を<シャリ>、枝を<ジン>と呼ぶが、根の立ち上がりから縦に走るシャリは、水に濡れた龍の腹を見た人に想起させる。そして、幹の荒れた肌は鱗を、五葉の葉はたてがみとなり、1.6mを超える巨大な木は、今日も盆栽美術館に姿を表す。
五葉松 銘 日暮し
あまりの美しさに日が暮れるまで見ていても飽きない。と、語られ「日暮し」と呼ばれるこの盆栽、日本一とも名高い名盆栽である。ふたつの幹によって作られた空間は、見る人を魅了する。ジンが這うように幹に絡みついたその姿は、表からも裏から見ても、その美しさが変わる事は無い。
五葉松 銘 千代の松
銘は「千代の松」。力士を想起させる名前の通り、大宮盆栽美術館に所蔵品の中でも最大級の大きさである。高さは1.6m、横幅は1.8mを超える。土を力強くつかんで隆起した根張り、巨体をくねらせながら上昇する幹。近づいて見ると、何百年と生きる盆栽が持つ樹木の生命力を感じずにはいられない。「こ、これが盆栽か...」と息を呑む瞬間がそこにはある。
以上、名盆栽を紹介したが、盆栽だけでなく、その歴史や、樹木の種類などが学べるのも魅力のひとつ。ぜひ、一度見に来ていただきたい。
盆栽界を代表する6つの盆栽園
「盆栽の聖地」と世界中から羨望の眼差しで見られるのは大宮盆栽美術館だけではない。大宮は盆栽界を代表する 九霞園・清香園・藤樹園・芙蓉園 ・蔓青園・松雪園の「6つの盆栽園」があり、各園主のこだわりによってつくり上げられた、多種多様な盆栽を見ることができるのだ。
ただ困ったことに、初めてきた人には少々入りにくい門構えとなっている。しかし、そんなことなど気にせず、入ってみてほしい。ひとたび足を踏み入れれば、盆栽の爽やかな空気が広がり、綺麗に整えられた盆栽たちがあなたを迎え入れてくれる。緑の香りに心を落ち着かせ、盆栽の背の高さに目線を合わせて、ひとつ一つじっくり見る。根、幹、枝と煽るように盆栽を覗き込むことで、小さな器である「盆器」に入った樹木の大きな世界観に触れることができる。
盆栽ブームと騒がれる昨今、盆栽が好きという若者も少なくはないのだという。仕事に疲れた時、緑に癒やしを求める時に1人で来ても良い。特別な人とのデートで来ても良い。盆栽という名の小宇宙が、訪れたすべての人に果てしないロマンを与えてくれるだろう。