さいたま市、岩槻区。1457年、太田道灌公が岩槻城を築城以来、今なお自然が豊かな美しい城下町で、多くの人形工房や販売店がある「人形のまち」として全国的に知られる地です。人形づくりの歴史は、江戸時代初期に始まり約380年の伝統があり、今も職人たちが人形をつくり続けています。今回は、職人の石川公一さん(号:石川潤平)にお話を伺いました。
――まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。
石川石川公一と申します。号は石川潤平と言いまして、父が初代、私が2代目になります。昭和26年生まれの66歳ですが、職人の世界ではまだ中堅と言ったところです。
――いくつくらいからこの世界にいるんですか?
石川高校を出てすぐですから、18歳の時からです。一度職人の方に弟子入りして、朝5時に起きて夜1時に寝るというような生活をしていました。そこで1年半ほど修行したあと、実家に戻り、父のもとで人形づくりを始めました。
岩槻の人形というものは、すべて昔ながらの手仕事でつくられるわけですが、頭(かしら)づくり、胴づくり、手足づくり、小道具づくりという工程があって、それぞれが分業になっているんです。でも、父は「すべてができないと職人じゃない」という考えを持っている人で。私が父のもとに戻り、さらに弟もこの道に進んでからは、3人で頭・胴・手足のすべてをつくるようになりました。
――すべてをやるというのは業界的に珍しいんでしょうか?
石川全品物の原型をつくって完成に持っていく、というのは、岩槻では他にないかもしれないですね。覚えることも多ければ、材料も多いですし、管理も大変。だから基本は分業なのですが、顔だけつくっても、どんな体につくかはわからないじゃないですか。1からすべてをやると、世に送り出すまでに3年もの年月がかかりますが、納得できる品物をつくることができます。
――なんと、完成までに3年もかかるんですね。
石川ただ、つくって完成、というわけではありません。人形をつくれば伝統が受け継がれると思われがちですが、それを買ってもらい、飾ってもらって、はじめて伝統が受け継がれる。そうやってお客さんに大切にしてもらうことで、完成するものだと思っています。
――最近は昔に比べて人形を買っていく人が減っていたりするものなんですか?
石川少子化の影響で節句をやる人が減ってきているのは事実ですね。ただ、そんな現代でも、人形を飾って、その美しさや優しさ、物を大切にする気持ちを子どもたちに教えていかなければなりません。
それに、人形には人と人をつなぐ役割もあるんです。どういうことかと言うと、雛祭りや端午の節句などに人形を飾りますよね。その家庭の子どもは、大人へと成長して、お嫁に行くときに親から人形をもらうはずです。新しい家族をつくるとなると心細いですから、年に1回飾って親のことを思い出して、親のほうは親のほうで、雛祭りに人形を出そうとしてももうないですから、そこで子どものことを思い出す。思い出して電話をする。やがておめでたの時がやってきて、「お父さんお母さん、人形飾ったから見に来ない?」なんて会話が生まれる。
こんなふうに、人形は受け継がれながら、人と人をつないでいくものだと思うんです。それこそが人形の価値ではないかと。
――人形は人と人をつなぐものなんですね。
石川そう思います。以前、ある親子が人形を直してほしいと依頼してきたんですが、話を聞くとお子さんが人形にプリンを食べさせちゃったそうなんですよ。汚れを取ったんですが、シミが少しだけ残ってしまって。でも、お母さんは「記念に残しておきます」と言って笑っていました。そういうのも家族の歴史になるんですよね。お雛祭りであったり、節句というものは、家族の思い出をつくるという意味でもとっても大切なんです。
――職人として嬉しかったことはどんなことですか?
石川ずいぶん昔の話ですが、あるお客さんが来て、「あ、私のお人形がある!」って言うんです。その人は30歳の女性だったのですが、子どもの時に買ってもらった人形と同じものがあったからそういう反応をしていたみたいで。私たちがつくるものは流行り廃りには左右されず、20年30年と続くものなので、「私の人形」があるように思ったわけですね。
その後、そのお客さんはうちで人形を買っていったわけですが、やがてお子さんも大きくなって、またうちで人形を買うことになって。おばあちゃんは私の父から、お母さんは私から、お子さんは三代目・潤平を名乗りつつある私の息子から人形を買ったということになります。買う側も、つくる側も、親子三代。これはすごく嬉しかったですね。伝統を受け継ぐっていうのは、こういうことなんです。
――それでは最後に、次の世代の方々に伝えたいことを教えてください。
石川昔はお月見しないと月がなくなるぞ、なんて言われました。お月様っていうだろ、様がつくものは偉いんだ、そういうものを敬わないとだめなんだぞ、って。それは自然を敬う気持ちを学ぶための教育ですが、人形を飾るということも、日本の文化を知るという意味でとても大切です。
私は神信心していないですが、クリスマスにはお祝いしますし、お正月には初詣に行きます。それと同じように、人形もひとつの文化として捉えて飾ってもらえたら嬉しいですね。そして、人と人がつながり、伝統が受け継がれていくことを願っています。