タイ王国。あなたはこの国の名前を聞いて何を思い浮かべますか?辛くて美味しいタイ料理や、蒼いビーチや黄金の寺院などに代表される観光スポットを挙げる方が多いのではないでしょうか。その他にはムエタイ、タイビール、タイシルク、タイ仏教などといったキーワードもありますね。
タイは親日国としても知られ、日本と親密な関係を築きながら経済成長を遂げてきました。今日では日本はもちろん世界中から多くの人たちが観光・ビジネスなどを目的にタイを訪れています。皆さんの中にもタイに行ったことがあるという方は多いのではないでしょうか。
そんなタイにおいてあなたは「盆栽」をイメージすることはできますか?盆栽といえば、何となく日本にしかなく、ましてや年間を通じて高温のタイで栽培できるのだろうか、と疑問に思うのではないでしょうか。実際にぼくはそう思っていました。むしろイメージできるのは椰子の木やバナナ、パイナップルという常夏の植物たち。
4月の中旬、ぼくはタイの首都バンコクを訪れる機会があり、その旅の途中で現地で盆栽ビジネスを手がけているマノップさんというタイ人男性にインタビューをする機会を得ました。世界盆栽大会が28年振りに日本はさいたま市で開催され、盆栽の魅力が改めて見直されています。このインタビュー記事を通して、ぜひタイや盆栽の新たな世界観を感じて頂ければ嬉しいです!(インタビュー中に挿入されている盆栽は全てマノップさんが所有する盆栽です)
バンコク在住のマノップさん↑。「世界盆栽大会inさいたま」のファイルと。
まつ:はじめまして。まつと言います。さいたま市という街から来ました。・・・さいたま市って知ってますか?こちら、さいたま市が世界に誇る大宮盆栽美術館と、来週開催される世界盆栽大会のパンフレットをお持ちしました。よかったらどうぞ。
マノップさん:もちろん知ってますよ。大宮盆栽村は有名ですよね。行ったこともあります。もう20年近く通ってますね。(パンフレットを指差しながら)この盆栽は以前は高木盆栽美術館にあったものですね。こちらは蔓青園の盆栽ですね。実際に見たことがあります。
タイの盆栽ビジネスについて
まつ:詳しいですね!驚きました。では早速インタビューに入らせてください。まず最初にマノップさんと盆栽の関わりについて教えて頂けますか。マノップさんにとって盆栽はビジネスですか?それとも趣味ですか?
マノップさん:最初は趣味であり、それがサイドビジネスに発展しました。本業はお茶飲料会社の経営をしています。盆栽の数が増えてくると庭のスペースが足りなくなりますよね。ではそこでどうするか。売るのです。古い盆栽を売って、新しい盆栽を買う。そしてある時、「おっ、もしかしてこれはビジネスになるのでは」と気付いたのです。それが私の盆栽ビジネスの始まりでした。
まつ:盆栽はどこから購入しているのですか?
マノップさん:当初は中国から輸入をしていました。しかし品質がいまいちでしたので、その次は台湾からも輸入するようになりました。台湾では真柏(しんぱく)や黒松を仕入れることができました。タイに比べて台湾は気温が低いですよね。日本は台湾より更に気温が低いので、台湾の次は日本の盆栽もタイで栽培できるかテストしてみようと思い、日本からも盆栽を輸入することになりました。
まつ:気温のことに触れられましたが、タイはとても暑い国ですよね。盆栽を栽培する上で何か問題はあるのでしょうか。
マノップさん:全て大丈夫というわけではありませんが、いくつかの品種は問題ありません。例えばアザレアは駄目です。楓も種類によりますが難しいものもあります。いま私が輸入している盆栽の多くは真柏(しんぱく)と黒松です。
まつ:「盆栽」は日本語ですが、タイでも同じようにBonsaiと発音するのですか?盆栽の知名度はどれくらいなのでしょうか。
マノップさん:はい、タイでもBonsaiで通じます。また、タイでは「マイダット」と呼ばれる鑑賞植物があります。写真をお見せしますよ。
まつ:これが「マイダット」ですか。なんか盆栽に似ていますね。
マノップさん:そうですね。しかし盆栽とマイダットは手入れ方法が異なります。例えば水やりや剪定などですね。マイダットは手入れがとても簡単です。毎日定期的に水を与えるだけです。しかし日本の盆栽は手入れに気を遣わなければなりません。もしマイダットの園芸家が日本の盆栽を栽培しようとしても簡単ではないでしょう。
まつ:マノップさんの盆栽ビジネスは好調ですか?客層はどのような方たちなのでしょうか。
マノップさん:結論から言うととても良いビジネスと言えます。なぜか。盆栽を日本から輸入をすると当然コストは増します。そうなると購入層は自然と高所得者に集中します。また、これらの盆栽の手入れするのは誰でしょうか。多くは庭師などのスタッフであり、彼らは自分自身で手入れをすることはほとんどありません。もしスタッフが丁寧に手入れをすれば問題はありません。一方で丁寧に手入れをしなかった場合、例えば水をあげ過ぎたりしてしまった場合は枯らしてしまいます。丁寧に手入れをする顧客はまた購入をしてくれますし、そうでない顧客は購入をしなくなります。まちまちではありますが、総じて好調と言えます。
盆栽との出会い
まつ:そもそもマノップさんが盆栽を好きになったきっかけは何だったのでしょうか。
マノップさん:9歳の時です。私の父の友人が当時、台湾の盆栽を収集していました。それを見て「わぁなんてキレイなんだろう」と思ったのです。そして「1個ちょうだい!」と言って、実際に1個貰いました(笑)。それ以来すこしずつ収集をするようになったのです。
まつ:そして今はどれくらいの盆栽をお持ちなのでしょうか。
マノップさん:数えたことないですね・・・。大体150鉢くらいでしょうか。
まつ:沢山ありますね!それらは全て販売用なのでしょうか?
マノップさん:はい、そうです。最近は小さくて若い品種、安価な盆栽を仕入れていますね。その方がお客さんも購入してくれます。というのも、多くのお客さんは、やはり大きくて立派な盆栽を気に入ります。しかし値段を聞いて「あっ」と驚くのです(笑)。とはいっても小さいから安いとは限りません。結局は品質に左右されます。
まつ:それだけ多くの盆栽を扱うと、当然手入れは必要ですよね。どのように勉強したのですか?
マノップさん:最初は日本の盆栽雑誌を読んで勉強しました。私は日本語は読めませんが、写真が分かりやすかったのでそれを見て勉強したのです。ただそれはあくまでも基本的な知識でした。それ以上は盆栽園や販売業者に直接聞く必要がありました。
まつ:盆栽園というのは日本のですか?
マノップさん:はい、もちろんそうです。私が日本に仕入れに行く時は盆栽園に3~4時間は滞在をし、色々なことを質問します。
大宮盆栽村について
まつ:冒頭で大宮盆栽村に行ったことがあると言ってましたよね。その時に受けた印象などは覚えていますか?
マノップさん:盆栽村に住んでいる住民たちは必ず盆栽を栽培しているのだろうか、と訪問前は思っていました。しかしいざ行ってみると「ん?盆栽はどこだ?」(笑)。そして地図をもらって歩いてみました。当時盆栽園は全部で7ヶ所。それで盆栽村って呼べるの?と思いましたね(笑)。それでもやはり盆栽が好きだから、どの盆栽園でも1~2時間は滞在しました。幸せな時間でしたね。
まつ注:かつては30くらいあった盆栽園ですが、現在は5つほどだそうです。かつての最盛期に来たら「盆栽村」の名前の通りだったかもしれませんね。
まつ:大変お詳しいですが、そもそも日本へは何回行ったことあるのですか?
マノップさん:そうですね、日本には少なくとも100回は訪問しています。大宮の盆栽村だけでも過去20年間に30回は行っていますよ。
まつ:100回!それは凄い!ところで盆栽以外で興味のあることはありますか?
マノップさん:日本の伝統芸術全般が好きです。例えば水石(すいせき)です。盆栽を飾る時には水石も傍らにあります。それ以来少しずつ購入するようになりました。また本業がお茶を中心とした飲料会社の経営なので、茶碗やぐい飲みなども収集しています。
まつ:好きな盆栽家はいますか?
マノップさん:答えにくいですね。もちろん沢山の盆栽家と面識があります。しかし仮に私がたった一人だけの名前を挙げて、それが記事となって掲載されたらややこしい問題になりますよね(笑)。だから「今後も盆栽家の皆さんとは良い関係でいたい」というという回答にさせてください(笑)。
まつ:タイでの盆栽について色々お話をきけて大変嬉しいです。貴重なお時間をありがとうござました。また日本の盆栽を愛して頂きありがとうございました。
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マノップさんにアポを取ったのはバンコク入りの2日前。当日は日曜日ということもあり、限られた時間の中でのインタビューでした。流暢な英語を話すマノップさんはぼくの無知な質問に対しても丁寧に答えてくれました。それどころか日本はもちろん大宮盆栽村には30回は行っているとのこと。もしかしたらぼくと近所ですれ違っていたかも知れません。
この記事を書いている間にもマノップさんとはメールで質問のやり取りをしていましたが、豊富な知識に裏付けされれた的確な回答をしてくれました。その背景にあるのはタイの暑さに負けないマノップさんの盆栽への圧倒的な熱い情熱、盆栽に魅了された一人のタイ人の姿がありました。
そんな情熱エピソードの一つとして、マノップさんは日本盆栽協会が1934年から開催している「国風盆栽展」に出品した時の話をしてくれました。これまでの盆栽に関する全ての経験と情熱を注ぎ、日本最古と言われるこの格式高い盆栽展に出品できたことを「夢のような経験でとても誇りに思っている」とのこと。その盆栽との記念写真がこちら(撮影場所は顧客邸)。この写真はマノップさんの宝物なのだとか。
日本から遠く離れたバンコクで盆栽への熱い情熱を持つタイ人のお話でした。テレビ等では熱狂的な日本好きを見ることが多いですが実際に会うとただただ圧倒されます。違う国の文化に惚れ、愛す心。今回のタイでの盆栽ビジネスに係わるインタビューを通してぼくも盆栽の奥深さを初めてしることができたと思います。マノップさん、ありがとうございました!
・マノップさんの盆栽園(BONSAI KOEN)
http://www.bonsai-thailand.com/index.php